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書籍・雑誌

『困ったときに役立つピンポイント100』明治図書


















本が発売になりました!!

理科免許を持っていない先生、
初任の先生、
理科に自信のない先生向けの本です。
もちろん、理科に自信のある先生もどうぞ!

ちょっと知っておくと便利な小ネタ、
実験観察が上手くいくコツなど満載です。

ピンポイント100のうち29を私が書きましたpencil

『なぜ大学生は4本足のニワトリを描くのか』

この夏休み1冊目の本。

なぜ大学生は4本足のニワトリを描くのか

なぜ大学生は4本足のニワトリを描くのか
著者:益田裕充
価格:1,680円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る


もう夏休み折り返し地点は通過したのに、まだ1冊wobbly
楽しく群馬の理科を創り合う会で教えてもらった本。

地元群馬大学の理科教育研究室の先生が書いている本。
内容は、講義の教科書として使うんだろうなぁという感じ。
でも、内容の一部が今月届いた「理科教育学研究」とかぶっていたので、
最新の研究内容であるのは確か。

最近の技法とか考え方を知るのには、読みやすいしいいかも。


続ぎは、『理科の教育8月号』を読み始めた。
あと、『現代理科教育改革の特色とその具現化』『今こそ理科の学力を問う』を
読む予定。
それから、初等理科の8月号の全国学力状況調査の記事も読まないと!

今まで、教育書関係はほとんど読んだことなかったのだけれど、
研究に関わるとなると多少は知識がないと困る。
その技法を使うかどうかはともかくとして、知識としては知っておかないとね。
さて、記事書き終わったら、読書の続き・・・・。

岩波「科学」 リスクの語られ方

やっと、読んだ。感想その他を書いておく。

最近ネット上でよく見るもろもろの出来事は、全て織り込み済みなのだ。
例えば、放射能汚染に対してなぜ無関心でいられるのだという苛立ちとか、
コミュニケーションの取り方(政府対住民・怖くない派と怖い派などなど)に
問題があるんじゃないのとお怒りなのとか。
過去に世界のどこかで繰り広げられたことを、
今はまだ踏襲しているだけなんじゃないだろうか。

過去の経験が生かされていないと言えるけれど、
敢えてそこを経験することで1人1人の発見と進化があるのかもしれない。
最初からすんなり一つにまとまらないのが、コミュニケーションだ。

そう考えると、リスコミュの成功事例が気になる。
失敗事例はいくつか見た。
成功事例と同じようにしたから成功するわけじゃないんだけど。
でもうまくいくポイントはあるはずだ。

「社会全体で合意形成」というけれど、
その中の住民とは1人残らず全員ということではないだろう。
定義では住民全員になるんだろうけど、実際にはその他大勢がいるはず。
(たぶん、ここの認識が重要なんだな。私は、住民の力を低く評価している。

住民の何割が認識したら、全体が認識した認定されるのだろうか。
2割が逃げれば、周りもそれに従って逃げるって話を見たけど、同じくらいか?

でも、選挙などの調査では、2割じゃ全体の意見としては認識されてない。

どうなったら、住民全体の意思になるのか。
過去(古代や中世の昔から)の市民運動では、
大抵中心となって活動した人の名前が残っている。

今のリスコミュは、
政府(というか役所)に対抗できる誰かの元に集まってというのとは違うはず。
でも結局は、○○派みたいな形で意見が集約されていくことになるのだろうか。
昔の市民運動と違って、もっと多くの人が意見を言いやすくなったから、
新しい形のコミュニケーションができるはずで、
それを作ろうとしているのが今のこの状態なのだろう。

外国はどうしているのかね?
選挙とか見ていると、やはり主導者がいるよね。
意思を同じくすれば、自然とまとまるものだろうか?


リスコミュの成功した社会というのが、ちっとも想像ができない。
住民の意見が反映された意思決定って、どうしたらそれができるんだろうか。
みんなが意見を言い合ってるだけじゃまとまっていかない。
やっぱり誰かまとめる人が出てくるの? (あ、また同じこと書いてるわ・・・)


やっぱり、密やかに意見を浸透させて、何割動かしたかで決まるのか。
表立ってリーダーになっちゃダメなんだろう。
その人に依存していることになってしまうから。
でもどこかには居るんだろうと思う。意見誘導している人が。


この歴史的なリスクコミュニケーションの推移に更に関心が高まった。
私自身当事者であるのだけれど、ことの経過を私のできる方法で記録しておきたい。
また理科教員として、私の回りにいる人たちに、できる限りの情報提供をしたい。
判断し行動するのは自分自身だ。
私が、その判断や行動を評価することはない。


<おまけ> 無関心に怒りを感じる人と無関心を装う人へ

意見が無いように見せるのも、一つの意思表示(多分)。
市民の意見を集約していくのに、今までの情報ツールは役に立たない。
新たなツールを駆使していかねばならない。
今はまだ、無関心派を含めて、
コミュニケーションが十分に行われている状況ではない。

コミュニケーションを取った上で無関心なのだとすれば、
それは無関心という意見だ。
それをとやかく言うことはできない。
本人がそれで納得しているはずなのだから。
「無関心なんて信じらんない!」と鼻息荒くされる筋合いはない。
「ねぇ、本当にそれでいいの?」と言い続けてもいいけど、鬱陶しい。

でも言いつづけることは必要だ。
コミュニケーションを取れる状態にはしておかなくてはならない。

『人はなぜ数学が嫌いになるのか』













電車に乗る時間があったので読んだ。
私は理科教員だけど、元々文系なので数学は苦手だ。
というか、訳わからない。
もともとあまり好きではなかったのだけれど、
微分積分や代数幾何で決定的にダメになった感じ。
算数が苦手な子どもたちの気持ちがよく分かる。

大人になって、中学数学くらいまでは分かるようになって、
それなりに難しい高校入試数学くらいまではできるにようになったけど。
別に楽しいとは思わないし、感動もない。
中学校で数学教えたこともあるんだけどね。

そんなわけで、避けて避けていたのだけれど、
作者の芳沢先生はお話がおもしろいということなので読んでみた。


結果、まぁ数学がいきなり好きになるわけではないのだけれど、
読みやすかったしおもしろかった。
私が数学を嫌いになった理由は出てこなかったけれど・・・。
きっと私には向いていないということなのだろう。

この本を読みながら、初等理科研究会の研修会に参加したのだけれど、
関連する話題があった。

本書の中で、「空間図形の学びが疎かになっている問題」が述べられている。
この原因の一つとして、幼少の頃の遊びの中での体験の現象が挙げられている。
「かつては、子どもたちは積み木、綾取り、知恵の輪、プラモデルなどの立体的
 な遊びをよくしました。ところが現在では、テレビゲームのような平面的な遊びが
 中心となっています。最近、画面に映し出されるものが立体的に見える3D画像
 が注目されてきましたが、立体的に見えたとしても、見ている画面そのものは平
 面なのです。」

同様なことが理科の研究会でも話題になって、子どもたちの自然体験の不足が
言われていた。日常生活で体験をすることができないので、理科の授業(生活科
含む)の中であえてそういう時間を作らなくてはならない。



数学に限らず参考になりそうなことを抜き書きしておく。

数学嫌いの理由を述べた学生さんのコメントから、
「「物事を議論して論理的に処理することのできない日本人の集団主義が
  数学嫌いの遠因ではないか」」p.200


「「知恵」という言葉は、だれもが知っているものでしょう。同じ「ちえ」と発音しても、
 仏教で「智慧」と書くことがあります。それは「聞慧(もんえ)」、「思慧(しえ)」、
 「修慧(しゅえ)」の三つの「三慧(さんえ)から成り立ちます。
  聞慧とは、授業で聞いたり本を読んだりして、聞いたことや書いてあることを
 事実として知ることです。
  思慧とは、聞慧として身に付いたものごとに関して、自分なりにそれらの間の
 つながりを組み立てたり、それらの背景を理解できるように考えられることです。
  最後の修慧は、思慧として身に付いたものごとに関して、きちんと説明できる
 ように書いたり、それらをいろいろな応用として実践できるようにすることです。
  数学教育として生徒や学生に求めるものは、少なくても「思慧」までの段階で
 す。」p.202

『日本人のための科学論』

【送料無料】日本人のための科学論

【送料無料】日本人のための科学論
価格:840円(税込、送料別)

PHPサイエンスワールド新書
『日本人のための科学論』 毛利衛

昨年の12月に発売された本。
震災の前に書かれているので、
原子力の記述とか、鈴木先生の「対談にあたって」とか感慨深い。

「科学コミュニケーター」に興味津々。
というか、科学コミュニケーター研修受けたいんだけど。
来年こそは受講するために、ひそかに友の会にも入会済み・・・。

やはりここでもルネサンス人的なものの考え方が必要なのだと感じた。
専門だけにはまってしまっていては、これからの社会は生き難い。



以下、印象に残ったところを抜き書き。

「「好奇心のために研究してる」は本質か?
 研究者に「あなたはなんのために研究をしているのですか?」と問うと、(略)
 つまり、「成果を社会に還元するための研究」をしているわけではないのです。
  これは、残念な発想です。「そもそも、科学技術はなぜ生まれたのか」という
 問いを考えてみたいと思います。
 
  私は、科学技術とは、芸術や文学と同様、少しでも多くの人が集団で生き
 延びるための智恵や文化だと捉えています。
  生命が生き延びるには食べて外からエネルギーを取り入れなければなりま
 せんから、最初はさまざまなものを食べてみた事でしょう。中には毒に当って
 死んでしまった人もたくさんいた筈です。「これは食べられる」「これも食べられ
 て、しかもうまい」「これは毒がある」といった情報をたくさん持っている人や動
 物が生き延びる。 (略)

 周りの状況をよりよく知っている者が、生き延びるのです。 (略)

  つまり、日頃の観察で、物事をよく知っている人が生き延びる。科学の基本
 は、そのために自然のあり方をできるだけ知るところにあるわけです。さらに
 一人よりも多数の情報量を使った方が有利ですから、個々の情報は集団で
 共有されるようになり、やがて文化が生まれたのです。 (略)

 なぜかと不思議に思うことが、自分および仲間が生き延びる応用に直接つな
 がっていく。これが科学の本質だと思います。」  p46-48


「「自分が何がしたいか」という価値観を子供の時から育んで、それに挑戦させ
 るシステムが重要だという意識改革があっていいと思います。 (略)

 そのためには、学校の勉強が将来、社会で自分が働く時にどう結びついてく
 るのかということを、学校がまず教えられるようになってほしい。それには学
 校の先生が自分の本質的な仕事は何かを考えられないといけないでしょう。」
 P67-68

「科学技術は文化である」 p72

「生命特有の生き延びる意思のようなもの」 p77

「私はあの時、「これで科学技術による革命が起きた」と思った。
  それ以前の科学が生み出してきた方法論は、世界は神様が創ったもので、
 人間だけがその世界を理解できるという前提がありました。しかし、その行き
 つく先で人間を調べてみたら、なんのことはない、人間も特別ではないことが
 分かってしまった。」 p82

「生命は部分ではなく全体として見た時に価値が生じるという考え方です。
 (略)
 ではそれが、他の事象とどのようにつながって、さらには人間の社会がどう
 なっていくのだろうと考えると、そこは人間の意識のあり方によって大きく
 左右されるわけですね。
  ですから私は、科学技術は文化であり、総合智の一面を担うものである
 というように捉えたいのです。」 p84

「いままでまったく触れてこなかった世界に出会った時、人は「生きる意欲」を
 得るのではないでしょうか。」 p96

「科学コミュニケーターには、一方通行で何かの事実を教えるだけではなく、
 将来の社会における科学技術のあり方を来館者と一緒に考えることが
 大切です。 (略)
  特に将来の応用については曖昧なことがたくさんあります。そうした時は、
 「いまの科学技術ではわからない」ということを伝えることが必要なのです。」
 p113

「 相手の興味を素早く推し量り、どういう話し方をすると面白がるかを見抜く
 ことが、先端科学という内容の比較的難しい説明をする際には求められま
 す。また、来館者の中には疑問に思っていることを表現できる人とできない
 人がいますが、自分でうまく表現できない疑問を察してそれに答えてあげる
 と、その来館者はワーッとのめり込んできます。
  話を聞きたがっている人に話すのは、そんなに難しいことではないのです
 が、話しかけられると思っていない人に、ちゃんと説明して会話するという
 ことはなかなか難しいところがあります。  (略)
  日本人は話しかけられることにあまり慣れていないということです。自分
 から質問することにも慣れていません。コミュニケーターの最初の大きな
 心構えの一つに、さりげなく話しかけるということがあるかもしれません。」
 p125-126

『ポスト原発の新エネルギー』

PHP研究所フューチャーサイエンスシリーズ4
『イラスト図解で分かる ポスト原発の新エネルギー』
















東京工業大学が監修。

ちょっと萌え系のイラストが使ってあったり、
重く過激な漫画が連載されていたりするけれど、
幅広く新エネルギーのことを知るにはいいんじゃないかと思う。
価格もお手頃だし。

初等理科教育 2011年5月号

こちらの雑誌に、私の原稿が載りました!
自分でもびっくりです!!
なんだか不思議な気分~catface

このブログを書き始めたことで、
いろいろ情報交換ができたり、
新たな出会いがあったりと、
いろいろなこと良い方向に進んでいるのかなと思います。
自分から情報を発信することは大切だなと感じます。

今後も、ますます理科の授業力を向上できるように努力したいと思います。

「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」

Takeda
『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』 竹田恒泰 PHP新書
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-79429-7

お正月に「ビートたけしの教科書に載らない日本人の謎」を見た。
そこに解説で登場していたのが竹田恒泰先生。
「あ、たけしの番組の人だ!」というだけで手に取った本なのだけれど、
なかなかおもしろく、しかも理科に関わる話も出てきた。
この先生、歴史だけでなく環境学も専門なのだそうだ。

私は文系理科教員なので、高校時代も国立文系コース。
そのため、実は物理・化学よりも、古文・漢文・古代史の方が好き。
それ関連の本を読むのも好き。
大学の卒論も、古文(古文書)を読んで理科の論文を書いたくらいだ。
とにかく古い時代に興味関心が高い。
古ければ神話でも考古学でも古生物でもw

この本に出てくる、人と自然との関わりについての記述は、
私の感覚にとてもしっくりとくる。
この考え方は、『キミが大人になる頃に。』とも共通しているように思う。
 過去のブログ記事→http://chiy-science.cocolog-nifty.com/scienceblog/2010/11/post-8c6d.html

竹田先生の環境学の本も読んでみたいなぁ~。



以下、気になる記述を抜粋。

「縄文人は大自然を正しく畏れ、敬い、それを利用してきた。日本の和の文化は、大自然と人類の和を基本とし、その上に、国と国との和や人と人との和が醸し出されたものである。「もったいない」や「いただきます」という発想は、縄文人やその先祖の旧石器時代人の発想にほかならない。」p.106

「 これまでの人類の歴史は「自然を征服する歴史」だったが、これからは日本人が受け継いできた「自然と調和する歴史」を歩みはじめなければならない。そのためには、日本語が持つ和の心を人類が共有するのがいちばんの近道ではなかろうか。」p.113
「 江戸の循環構造は、江戸だけのものではなく、大坂をはじめ日本のいたるところに同様の循環型の都市が形成された。これは日本人が環境問題を意識して造り上げたものではない。当時は環境保全の概念などなかった。無意識のうちに大自然と調和の取れた都市を造っていたのである。」p.161

「古代の日本人は科学の知識がなくとも、鋭い観察力により大自然の原理を体で知っていたようだ。『古事記』に記された自然観が、現代日本人の自然観となっている。人は大自然の恵みによって生かされている存在であり、日本人は感謝の念を抱きながら歩んできた。このような大自然との調和を重んじる考えは、日本文明の価値観を反映させたものである。」p.162

「誰も教えてくれない 人を動かす文章術」

2083_3   

『誰も教えてくれない 人を動かす文章術』 齋藤孝 講談社現代新書
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=288083


文章作成・作文技術に関する書籍はよく読む。
最初は大学の時に、
「君たちのレポートはとても読めたものじゃないから、この本を読むように。」
と言われて読んだ、
 『理科系の作文技術』 木下是雄 中公新書
 『日本語の作文技術』 本多勝一 朝日文庫
が最初だろうか。

その後も、何冊か読んだ気がするけれど、印象に残っていないから、
ま、そんな感じだったのだろう。

今回、かなりヒットな1冊に出会った。
齋藤孝先生の本は、「日本語であそぼ」のブームのあたりで何冊か読んだ。


この本は、作文技術に関する本なので文系文章向きかと思われるけれど、
「段取りを組んで、グダグダにならないよう、クリアに書く」というのは、
文系文章にも理系文章にも共通する。
分かりやすい文系文章が書ける人は、理系文章も上手だと思う。


上手いメールを書き方が知りたくて本書を手に取ったのだけれど、
私にとって重要な箇所は前半の1/3だった。
文章の書き方だけでなく、授業で使えそうな手立ても書かれていた。
後半の「ビジネスの文書力」と「学生のための文章術」は、まぁ知っておいてもいいかな。文章力は教員にも必要な力だしね。


以下、気になる部分の抜き書き。

「クリエイティブとは、新しい意味が生まれるということです。ささやかなものでもいい。その瞬間を拍手で祝う習慣をつけることで、気づき力が上がります。」p.23

「日本の学校教育では、何かについての論を、生徒に文章で再構成して書かせるような訓練をさせる場が足りないのです。」p.30

「日本人は体質的に明確な文章が不得手ですが、結論から逆算するこの方法だと、誰でも明確に結論を言い切ることができるからです。」p.48

「発想が芋づる式につながっていくような想像力の飛翔は、脳にとって大きな快感になります。その快感を体験すると、どんどん書きたくなってきます。学校では教えてくれませんが、想像力の飛翔が生む快感を知ることは非常に大切です。この快感が想像力=創造力豊かな文章を書く原動力になるからです。その快感を知った学生は、もはや文章を書くということに苦手意識は持たなくなるのです。」p.61

「だから、授業作りに際しても、「授業はドラマだ。生きもののようなものだ。最初から型にはめるとよくないはずだ」と思い込んでいたのですが、ある時、「生きものであればあるほどフォーマットがあったほうが、一定の落ち着きが出る」ということに気づいたのです。」p.69

「私はあえてこう言います。
 「単純な感想ではなくコメントを書くように。授業の中で、インスパイアされて出てきたアイディアとか、授業中に自分の中で何が起こっていたのか。そういうことを書くように」
                     (中略)
 ところが、学生たちに「出席表の裏に、授業の感想を書いておいてね」という言い方をすると、こうはなりません。」p.81

「エネルギーってなんだろう」

Ene
エネルギーってなんだろう(福音館の科学シリーズ)
キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー作 /ポール・マイゼル絵 /やまじけんじ訳
http://www.fukuinkan.co.jp/bookdetail.php?goods_id=21571


図書館で見つけて、早速購入した。
(せっかく大掃除で部屋の本を片付けたのに、また増やしてしまった・・・。)

新指導要領で、4つの柱の1つになっている「エネルギー」。
「粒子」はまだ何となくイメージできる。
粒子モデルなどで具現化すれば理解しやすい。
「エネルギー」は目にも見えなければ、モデルもない。
エネルギー保存の法則とか、位置エネルギーとか運動エネルギーとか・・・。
(正直、すっごく苦手な分野です・・・)

そんなエネルギーについて、
子ども向けに分かりやすく(?)書かれた本。
これでエネルギーについてすっかり理解できるわけではないけれど、
地球上の至る所にエネルギーがあって、
エネルギーという考え方があるということが分かるのではないだろうか。
小さいうちに読んでおけば、
「エネルギー」という概念を身近なものとして捉えられるようになるのではないだろうか。