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研究集会 「東日本大震災のリスクコミュニケーション」 その2

前記事の続き。

5人の先生のお話しの後、10分の休憩を挟んで、総合討論となった。
休憩10分しかなかったので、間に合わなくて、最初1分弱くらい聞けてない。

小山先生が、「この場をリスクコミュニケーションの場にしたい」と言っていた。

「科学者は、一般市民と意見交流がしたい。
 これが今いちばん必要なことだろう。
 科学者が、上から意見伝達をしていたら、うまくいかない。」


で、総合討論という流れだったんだけど、あれは討論ではないよね。
意見の陳述? 多少はコミュニケーションはあったのだろうか。
「納得」した人はいたかもしれないけれど、
リスクコミュニケーションにはなっていないような・・・。
なんか消化不良な感じで、いまいち盛り上がっていなかった。


なぜそうなってしまったのか。
おそらくは、送り手受け手共にその準備ができていなかったのだ。

あの会の目的は何だったのか。
リスクコミュニケーションの目的は何だったのか。


授業もそうだけど、目的・めあてがはっきりしていないと、授業は成り立たない。
要は、「ぶれる」というやつだ。
今回、会の趣旨も大きすぎて、的が絞りづらかった。
参加者個々人の目的・めあても様々だったんじゃないかなぁ。
私みたいにリスクコミュニケーションに関心あった人もいるだろうけど、
多くの人はもっと漠然と、
「静岡大丈夫なの?」「放射能ってどう危ないの?」だったんじゃないか。
「○○を教えてもらって、安心したい」という人が多かったのだろうと推測。
もちろん、もっと情報を持っていて意見交換したい人もいただろう。
中には、冷やかしの人もいたしね。

「○○を教えてもらいたい」という人が、納得して安心できれば、
リスクコミュニケーションは成功したことになるんだろうけど、
送り手側の目的とはずれているんじゃないだろうか。
(というか、送り手側の共通認識はどうだったの?)
送り手側は、もっと主体的な思考をもって欲しいという目的を
持っていたのではないか。

参加者の知識も受容性も様々だっただろう。
それを補うために5つの講演をしたのだろうけれど、いかんせん時間不足。
あんな短時間にあれだけの情報量を詰め込まれたら、
普通の人はアップアップする。


コミュニケーションをとるにしては、人数が多すぎた。

授業もそうだけど、意見交流するなら、せめて40人。
討論をするなら、全員の顔が見える10人程度?
上意下達なら、何人いてもいいけど。

行政や企業のリスクコミュニケーションてどうしているのかな。
少人数を何回もやっているのかな。
行政の説明会って、大体地区ごととかでやるから数十人単位だよね。
(それだって、同じ目的を持って、基礎知識があるから成り立つのでは?)
企業の場合は、ペーパーによる啓蒙とかして、回数を稼いでいるのかしら。
その辺は、もっと勉強しなきゃだわ。


受け手(市民)は寄り添ってくれる人を求めている。

私にはよく分からないのだけれど、ツィッターなどを見る限り、
優しい言葉で寄り添ってくれる(カウンセリングマインド?)な人が好まれるらしい。
(もちろん全員じゃないよ。私も違うし)

今回の研修集会でも、押川先生の評価が高かったなぁ。
確かに優しい口調だし、とりあえず受け入れてくれる雰囲気があったもの。
科学者にありがちな(?)、歯に衣着せぬ物言いは、
例え正しくても受け入れにくいらしい。
これも受容性の一つ?
多分、信頼感につながるんだよね。
言論の是非ではなくて、もっと情緒的なところ。

「そんな感情的なことには付き合ってられない」となりそうなんだけど、
そこを上手くするのが「コミュニケーションスキル」なのかなぁ。
学校教員にも、そのスキルは必要なんだなぁ(あぁ、めんどうくさい・・・)


とにかく、
「目的の定まらない大人数での、
 コミュニケーションは、あまりうまくいかない。」
ということは分かった(当たり前?)。
じゃあ、どうしたらいいのか?

目的がはっきりしていて、ある程度の基礎知識があれば、
大人数相手でも、コミュニケーションはうまくいく。
(某教育研修会の実践報告会とか、すばらしい。
 研究会によっては、ただの褒め合いでダメダメなところもあるけど。)

ここで問題になるのは、「基礎知識」と「意識」だ。
前田先生の話にもあったけれど、
「リスクが不明確な中でのコミュニケーションは難しい」に
落ち着いちゃうのかなぁ・・・。

う~ん、でも方法でもカバーできそうな気もする。
教育関係だと、全員が討論に参加できるような方策がいくつかある。
K-J法なんかは最近よく使われる方法。
受講者参加型の討論形式。


その他、総合討論内で感じたこと考えたことを書きなぐっておく。

○放射線のリスクに対する価値観は人によって違う。
 情報は玉石混淆しており、人によって信じるものが違う。
 まるで宗教論争のようになっている。
 全員が同じ方向を向くようにするのは無理。
 一人一人が自分で考える機会を奪ってはいけない。

 全員が同じ方向を向くようにするのは、自分の意見の押しつけ。
 この時点でコミュニケーションにはなっていない。

 とにかく、情報交換をする機会だけはなくしてはいけない。
 どんな情報でも得られるようにしておく。自分で判断する機会を残しておく。

 「情報の収集と記録が大切」 なぜ記録?


○受け手が与えられた科学的根拠を受け入れる思考が必要となる。
 送り手は、科学的根拠を受け手が納得する形でしっかり示す必要がある。

 受け手が過剰な要求をしてもうまくいかない。
 
 折り合いを付けて、納得することが必要。

○安全と安心を一致させるのは無理。
 安心よりも不安のある方が、リスクマネジメントはうまくいく。
 事故がある前提で、安全を保障する。

○大人でも、情報は与えられるものという意識が強いのではないか。
 「リスクコミュニケーション」ができる社会になるためには、
 情報を取捨選択する、自分で考え判断するといった能力が必要だ。
 そのためには、学校現場も変わらないとダメだろう。
 学校の授業は、上意下達とコミュニケーションの両方が必要となる。
 知識の伝達(要は、意見の押しつけだ)に慣れると、コミュニケーションが
 取りづらくなる。国語は、比較的コミュニケーションが取りやすいか。
 それだって、気をつけなければ上意下達で終わってしまう。
 今は、「学び合い」が重視されているけれど、まさにコミュニケーションの
 能力が求められているのだ。

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コメント

chiy様
はじめまして、浜松で高校教員しておりますokamasaと申します。教科は社会科です。
当日、この研究集会を別の場所で開かれていたインターネット集会で傍聴しておりました。画像・音声ともに今一つで、長時間の視聴には結構忍耐が必要でしたが、それを差し引いても、今回の集会にはすっきり感が今一つでした。名だたる斯界の権威(という言葉をご本人たちは嫌いそうですが)をこれだけ集めながら、なぜだろうかと思っておりましたが、このブログを拝読することによって、私の消化不良のようなもたつき感はすっかり解消しました。まずはそのことに感謝申し上げます。chiyさんのメスさばきはじつにあざやかです。全くその通りだと思います。早川先生のツイッターからも、この時の受け手送り手のかみ合わなさに、飲みすぎた後の胆汁感を味わっているように推察します。(早川先生ですが、カウンセリングマインド装置つきではない(?)かもしれませんが、その言動は筋金入りの『命どぅ宝』の立場に立っていることは、三宅島からの記録を読めば一目瞭然です)
さて、そのうえで、地元浜松の人間として私はこの集会がやはり大きな実りあるものだったと思います。それはまず①(私には太平の眠りの中にあると思われた)浜松でも3・11以来のこの国の事態を、深刻にとらえ、真剣に自らの力で何とかしようと考えている人がいて②それをこのような形にしろアクションを起こし、③それを知った私のような出遅れたものがもっと勉強し、つながりを求めようとして動きはじめたこと。等々。
この集会の反省を生かし、chiyさんの分析を参考にしながら、情報を取捨選択し、なおかつ自分で情報収集でき、自分の頭でものを考え実行する地域のネットワークのようなものを当面構築していくつもりです。手始めとして、現会場におられた方、視聴の場にいた方々と近々勉強会などで会う予定です。つまりは「リスクコミュニケーション」ですね。
その時はうまくいかなかったように見えるものでも、長いスパンで見れば、うまくいかなかったからこそうまくいく原因になった。と、後で言えるように、それが休日返上で交通費だけではるばる来てくださった先生方に対する何よりの報酬(?)なのでしょうね。
お互い三学期は濃密な時間。chiy先生には健康に留意して頑張ってください。長々とお邪魔しました。では。

okamasa様

コメントありがとうございます。
お返事遅くなりました。
なんだか褒めていただき、お恥ずかしい限りです。

今回の研究集会は、現状をよく表していたと思います。
何が問題で、今後どうしていったら良いのか、考えることがたくさんありました。
これがきっかけで、okamasaさんたちのネットワークが構築されたのは、
研究集会の大きな成果の一つですね。
このような市民団体が各地にできることで、大きな動きが生まれるのでしょうね。
これからも、注意深く自分にできることを考えていきたいと思います。

浜松でリベンジってのも悪くない。

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